人を好きになるということ

僕が好きになった男の人のことを書きます

ハル

僕がサンフランシスコに住んでいた頃の話をしたい。あの頃、僕は何もかもが初めてだった。ひとり暮らしもクラブ遊びも何もかも。大体、男の人と寝たのだって片手で数えられるほどだった。そんなときサンフランシスコで出会った4人の男の子の話をしよう。1人めは亜麻色のサラサラの髪の毛を持つハルくんだ。

 

その前に、サンフランシスコのことを少し。霧の街、サンフランシスコはゲイの永住の地と知られている街で、その中心がカストロと呼ばれる地域だ。カストロは日本でいえば新宿二丁目が一番近いと思うけど、なんていうかすごく優しくてすごくゆるいし、二丁目と違って夜の街という雰囲気ではない。それに比べたら、ニューヨークのチェルシーやLAのウェスト・ハリウッドの方がもっともっと刺激的だ。僕がクラブ遊びを覚えた Badlands だって何もしらない僕が Lady GaGa のポーカーフェイスにあわせて適当に踊っても全然OKみたいな感じだ。ここはチャージもドリンクも驚くくらい安い。ハルくんと一緒にいて知らないおじさんに可愛いねとドリンクをおごってもらったこともある。


ハルくんの話だ。ハルくんは亜麻色のサラサラの髪の毛でいつもスキニーデニムだった。どういうきっかけで出会ったのかはっきり覚えてないけど(きっとどうしようもない話だ)、コミュニティカレッジに通っているハルくんが一人暮らしの部屋を探すためにと不動産屋に行くのに同伴した記憶がある。部屋を借りるのに定期的な収入があることを証明する必要があるが、ハルくんは親から月5000ドルの仕送りがあって…ということを(ついさっき初めて会った)僕が彼氏として不動産屋を説得するという話だ。お前が一緒に住むのか?いや、そういうわけでは…。こんなのがうまくいくはずもなく、もういいよ、カストロに踊りに行こうってなり、夜のベイブリッジを渡ってサンフランシスコ市内(=シティ)へと。ハルくんの住んでいたのはイーストベイで、シティへはベイブリッジを渡ることになる。僕はベイブリッジを車で渡って市内に入るのが大好きで、そのたびに高揚感を覚えた。ベイブリッジから徐々に大きくなって見えるファイナンシャル・ディストリクトのビルたち。真っ白に霧がかかっているときはなおさらだ。まあ、上陸してしまえば、東京やニューヨークに比べるとしけた街なんだけど。


僕はハルくんのことが好きだったけど、ハルくんにはレオンというアメリカ人の恋人がいたはずだ。そのときは、頑張れば叶うかもと思っていたし、白人しか好きになれないアジア人とかその逆がいるとか「世界の絶対的な仕組み」を理解していなかった。でも、「世界の仕組み」をしってたとしても、きっとハルくんのことを好きになったと思う。その頃は、人を好きになること自体に快感を覚えていた。それまでずっと、男の人を好きになっちゃ駄目って思っていたから。


ある日、ハルくんはすごく落ち込んでいた。恋人のレオンに浮気をされたということらしい。浮気の詳しい話は省略するけど、ハルくんはできるだけレオンのことを考えないようになりたいのだ。僕にできることは、ハルくんを夜のカストロに連れて行ってクラブで飲んで踊り明かすのを手伝うくらいだ。その日会ったのが23時過ぎで、ベイブリッジを渡り、飲んで踊って夜は更けていく。光と音の中で僕はだんだん恍惚としていった。ハルくんを抱きしめたい、キスしたいと急に衝動が強くなった。僕はもう全身が興奮してて、ハルくんの顔とスキニーデニムを交互に眺めて自分の都合のいいように妄想して、音楽が最高潮になり、きっと今ならキスできる、もう我慢できないと思った瞬間。僕の視界が真っ白になる。音が消え、え、何が起こったの?と周りを見て、26時になったことに気づく。閉店時間なんだ。真っ白な天井を見上げる。僕のありったけの欲望はそこに消えていった。あとほんの一瞬僕の決断が早かったらキスできただろう。でもそれはもう遅すぎる。

 

クラブの外は真夏なのにジャケットを着ないと耐えられないほど寒かった。そう、サンフランシスコの夏は寒い。寒いって震えるハルくんに僕はジャケットを被せてあげる。

 

喉もカラカラで踊り疲れてヘトヘトで、ハルくんを家まで車でエスコートしたのは27時だった。玄関先で僕たちはハグをした。どうしてこんなに優しくしてくれるんですか?ハルくんが好きだからに決まってるじゃん。でも応えられなくてごめんなさい、と。

 

帰宅した28時の僕はもうグチャグチャだった。