人を好きになるということ

僕が好きになった男の人のことを書きます

ソラ

そしてまた夏が来る。


僕がソラくんと会ったのは新宿の2丁目だった。大学の先輩が店子をやっているのに誘われて初めて行ったバー。大学の先輩は普段とは全く違ってママになっていて、正直引いていた。でも、僕の斜め前に座っていた可愛い子がずっと気になっていた。ちょっと話を聞くと、彼氏と別れることになってヤケ飲みをしているということだった。それがソラくんだ。ソラくんは爽やかな少年系で掠れた高い声をしていた。


ソラくんと彼氏の惚気け話から別れ話まで、僕たちは一通り盛り上がる。初対面の人とこれだけ盛り上がることができるのはとても珍しいことだった。そのときはバーとか初めてだったし、何もすることがなくなったらどうしようと心配だった。そして、先輩ママはもう出来上がってて僕のことはまったく気にしていない。でも、そのことは僕がソラくんと仲良くなるには好都合だった。


僕は終電までに帰るということでおいとましたけど、ソラくんは逆に「わざと」終電で帰れなくなりたくて、誰かにお持ち帰ってほしいとのことだった。僕はその夜、ソラくんがどうなったのかはしらない。きっと誰かがお持ち帰りになったんだろう。僕はソラくんが彼氏と別れた辛さを忘れることができればいいなあと応援していた。僕は僕で初恋を引きずってたし、その日にソラくんを誘う勇気はなかった。


連絡先も交換してないしこれっきりだろうとずっと思ってたんだけど、サンフランシスコでの2度めの夏、僕はソラくんをアプリでみつけることになる。サンフランシスコでアプリを開いて日本人はどれくらいみつかると思います?半径50kmくらいで探してだいたい10~20人くらい。アクティブに活動している人はもっと少ないはず。たしか二丁目で会ったよね?僕はすぐに連絡した。ソラくんに会いたい。ソラくんはタンクトップ姿だった。それ、夜になったら寒くて死ぬよと言った。8月のサンフランシスコの夜は凍えるほど寒い。経験するまで誰も信じてくれないけど。


ソラくんはカリフォルニア州サクラメントに短期の語学留学していて、週末にサンフランシスコに遊びに来るということだった。サクラメントとサンフランシスコは車で1~2時間くらい離れていて、週末遊びに来るにはもってこいだ。こんなことをいってはあれだけど、サクラメントはド田舎で何も遊ぶところはない。僕たちはカストロのクラブで遊んで、ソラくんは当然のように僕の部屋に泊まった。同じベッドで寝る。一応ダブルサイズだ(アメリカではフルサイズと呼ぶ)。


僕はその夜自分を抑えるのに必死だった。やっと朝になる。僕とソラくんの小指が触れた。僕の心は揺れていた。その頃、僕には彼氏がいた。ソラくんにも言ってあったはずだ。でも、小指が触れた。僕は指を絡ませた。天秤が傾く。お互いの指は上半身を触り、胸の小さな突起に指が触れ、僕の声が漏れる。僕は、駄目だよ、彼氏がいるからと聞こえないくらいの声でつぶやく。でも、自分でもこれが文字通り意味していないことはわかっていた。僕が駄目だと言ったのは動画で見たことあるセリフを言って気持ちを盛り上がりたかったのだ。駄目だよ。駄目だよ。って僕たちは舌を這わせて、僕は最後には射精した。でも、ソラくんはいかなかった。僕はソラくんを射精させなかったことで最後の一線を守ったつもりなのだ。最低なやつだ。ソラくんは俺は大丈夫ですって言った。その後、ソラくんと日本食のランチをして別れた。今度はこの広くて狭い世界のどこで会えるのだろう?

タクヤ

僕が「目覚める」前の話をしよう。


高校生のときの話だ。僕の性的な指向は、精通したときからずっと男性だったけれど、その頃の僕は恋愛を無意識に避けていた。同級生の男子を好きになってしまうのが怖くて、学校で「普通」に学校で過ごす以上の友達を作ろうとはしなかった。いや、できなかった。でも、その裏では同級生の裸を想像してオナニーをするのだ。


僕の高校は男子校だ。友達と呼べるかわからないけど、一人の同級生の話をしたい。クラスで一番長い髪をしていて、長髪の頃のキムタクと髪型がそっくりだったから、ここではタクヤと呼ぶことにする。体の線は細くて切れ長の目をしている。僕はタクヤのことを思い出すと今でも胸が苦しくなる。高校時代の夢を見るときは決まってタクヤが現れる。夢でタクヤは後ろから僕に抱きついてくる。


僕はタクヤに自分の殻を割られるのが怖かった。


高校に入学してすぐ僕はタクヤの裸の上半身をみた。ツルツルの脇に目が奪われる。その夜タクヤの華奢な裸を思い出して胸がいっぱいになるのに気づく。


タクヤは僕のことを「さん」づけと呼んだ。友達から「さん」づけで呼ばれたのは初めだ。タクヤは僕より大人だった。いつも本を読んでいた。


タクヤはそうするのが当たり前のように僕によく抱きついてくる。僕は彼のいい匂いに赤くなる。「好き」と言われる。


タクヤは夏休みの終わりに、宿題を手伝ってと僕を呼び出す。学校の近くのマックでチキンタツタを食べコーラを飲み宿題をやる。タクヤの半袖から脇がのぞく。駄目だ、見ちゃ。意識してるのがバレる。


タクヤは…。


僕はタクヤに自分の殻を割られるのが怖かった。僕にもう少し勇気があったら高校生活は全く違っただろう。それに、僕はきっとタクヤをたくさん傷つけてしまった。後ろから抱きつかれてビクっとしたのもそうかもしれない。もっともっとひどいこともある。高2のときだ。タクヤ三島由紀夫の「仮面の告白」を読んでいた。僕はとっさに「それ、ホモ小説だよね」と言ってしまう。最低なやつだ。とは言え、実際、それは同級生の夥しい脇毛に欲情するという小説だと僕は知っていた。でも、どっちにしても、僕は彼を傷つけたに違いない。タクヤが同性愛者かどうかと関係なく(それは今でもわからない)。ずっとあやまりたくてあやまれなかった。ごめん。

 

僕は本当はタクヤともっと仲良くなりたかった。だから僕は今でもタクヤの夢を見るのだ。

フユ

僕の遅い初恋はカラオケボックスでやってくる。僕は渋谷で男の人と初めて「リアル」した。ビッグエコーでカラオケだ。少し歌った後「キスしていい?」って突然言われ、僕のファーストキスはあっという間に奪われた。舌を絡ませる快感は生まれて初めてで、頭が真っ白になった。世界の色が変わり、僕は堕ちた。衝撃だった。その瞬間からその人を好きになっていた。「ファーストキスだったの?コーヒーの味でごめんね」と遠く聞こえる。それから一週間はキスの感触を思い出すだけで全身が火照り、何も考えられなくなった。僕は自分が変わってしまったのが怖かった。でも、ずっとずっと忘れられなかった。自分を慰めた後はため息しかでなかった。


アメリカではバーにカラオケはあるけど、日本にあるようなカラオケボックスみたいなものはないと僕は習っていた。でもグローバル化が進んだ現在ではそれは正しくなくて、大都市にはカラオケボックスがちゃんとある。アジア人が多い地域なら確実だ。サンフランシスコにもある。それでも数はそれほど多いわけじゃないから、DAMの最新機種が入ってるというのは結構珍しい。そんなわけで、4人めの男の子、フユくんとはカラオケでデートすることになった。フユくんはもともとカラオケが好きなんだけどアメリカに来てからは初めてということで楽しみにしてくれたんだと思う。


フユくんはサラサラの黒髪、一重のカッコ可愛い少年系だ。写真では可愛い蝶ネクタイをしていたはずだ。僕とリアルしたときは黒いYシャツから少し肌を見せているのがエロい。フユくんもスキニージーンズだった。


カラオケボックスでは適当にJPOPなんかを歌って、僕は彼を電車の駅まで送ることになる。僕はここで別れたくなかった。正直言って部屋に来てほしかった。でもその頃の僕は慎重だったし、男の子を部屋に誘うってどうやったらいいかわからなかった。とにかく離れたくなくて助手席に座る彼の手をぎゅっと握った。僕の部屋来ない?今日は遅いからまた今度。僕は苦しかった。キスしていい?うん。僕たちは路肩に車を止めてキスした。徐々に舌も絡ませてくれた。僕は幸せだった。


急に後ろからクラクションがなる。現実に引き戻されて、ここって一時駐車駄目だったんだっけ?僕は、高鳴る心臓とぼんやりする頭で運転を再開する。これはとても危険だ。フユくんを早く駅に送り届けて心と体を覚まさないと。僕はフユくんと駅で別れた後、放心してしばらくハンドルを握れなかった。その時は「また今度」が訪れないとは考えてもいなかった。僕の好きという気持ちはどんどん大きくなるだけだった。初恋のときから何も成長してないのだ。


それから半年以上経って、僕はフユくんともう一回だけ会った。フユくんと僕には共通の友達がいて、彼がサンフランシスコを訪れるから一緒に会おうということになったのだ。その共通の友達がパスタが好きだったからリトル・イタリーでランチをしたはずだ。フユくんは朝帰りでとても眠そうにしていた。話によるとレオンのところに泊まっていたらしい。レオンというのは1人めのハルくんを浮気した元彼のレオンその人だ。「世界の絶対的な仕組み」とはそういうものなのだ。僕がフユくんと会った頃から付き合っていたらしい。


フユくんは僕とキスしたときに何を思っていたんだろう?


この疑問は修辞的でなくて答えがちゃんとある。その共通の友達がフユくんから直接聞き出してくれたのだ。「キスくらいで帰してくれるなら、まあね」って。フユくんは僕よりずっと大人だった。

アキ

光と陰の街、ニューヨークに行く機会があったら是非ブロードウェイでミュージカルを観てほしい。ミュージカルという芸術の形式は集客力のキャパから根本的に「儲からない」ものだ。そうでありながら、産業として成功し、世界中の若者が夢見る舞台がブロードウェイ。それが存在できるのは世界でニューヨークにしかない。観るたびに人の才能って素晴らしいものだと思う。


僕が好きになった3人めの男の子の話をしよう。アキくんだ。


アキくんは企業の研修で渡米、郊外の寮に住んでいた。僕がミュージカルに興味を持ったのはアキくんの影響だ。アキくんは日本にいた頃からミュージカル好きで、特に「Rent」 が大のお気に入りだった。Rent は同性愛も異性愛も超えた愛(と生死)の物語で、僕も Rent の大ファンである。ちなみにこの大傑作を一人で作り上げた作者は初演日の直前に悲劇的になくなった。って、こんなにも彼の趣味に染まったということは、僕自身がアキくんのことをとても好きだったに違いない。彼とどういうきっかけで出会ったのかはっきり覚えてないけれど(きっとまたどうしようもない話だ)。好きでもなかったら往復3時間以上かけてアキくんをエスコートし、一緒にサンフランシスコの劇場でミュージカルを観たりはしない。誕生日プレゼントという口実で彼が観たいと言ってたミュージカルのチケットを渡したこともある。


ただここで残念なお知らせがある。アキくんは前髪系が嫌いで短髪が好きなのだ。アキくん自身も短髪黒髪だ。Rent の役者の中で誰がカッコいいか?というのも全く別の人を指すのも面白かった。いや、面白くない。僕はできるだけアキくんに会う前に髪の毛を切ったけど、それでももっと短くしたほうがいいですよといつも言われた。これはなかなか妥協できなかった。


それでも、アキくんは僕の部屋に3回は泊まったはずだ。初めての夜、僕たちは Rent の DVD を見ながら気持ちが抑えられなくなってキスをした。あるときはサンフランシスコの劇場でミュージカルを観て、カストロのクラブにも行って(そう、おなじみの Badlands だ)、もう遅いし霧が真っ白で運転できないよ、と言って僕の部屋に泊まらせたこともある。これは良くなかったなと思う。きっと次の日は寮で大変だったはずだ。だいたい霧で運転できなかったらサンフランシスコで生きていけない。


彼はしらなかったはずと信じたいけど、僕はアキくんで童貞を失った。でも、もしかしたらちゃんとバレてたかもしれない。僕は初めてのとき、興奮しすぎて挿入する前に射精してしまったのだ。コンドームをつけて挿入する前にあともう少し刺激をと思った瞬間だ。ごめん。アキくんは嬉しいって言ってくれた。そのときに限らず僕はアキくんを射精まで導いたことがない。彼は僕が気持ちよくなってくれればそれで満足だといつも言ってたけど、それは本心なのだろうか?僕にはわからなかった。僕自身は射精しないと満足できない。


それ以来、Rent の映像を観るとアキくんとのあの夜を思い出すのだ。自分のことをコントロールできなかったあの夜のことを。アキくんはどうだったのだろう?僕の部屋に泊まるたびにあの Rent の DVD が観たいと言ったのはどういう気持ちだったのだろう?どうせ僕たちは最後まで観終わることはないのに。

ナツ

外国で髪を切るのは博打に近いと言われる。日本語でも難しいのに英語で髪の毛の切り方を指定するのは僕には無理だ。だけど、サンフランシスコだったらジャパンタウンで切れば、まあ無難に収まる。日本人の美容師さんたちが日本と全く同じように髪を切ってくれる。もちろん日本語で注文してもいいけど、適当にお任せすると原宿とかで流行ってる最新カットにしてくれるらしい。僕は初めて切ってもらったときけっこう感動した。そのジャパンタウンの美容院とは直接関係ないけれど、僕は美容院においてあるヘアスタイルの雑誌を見るといつも思うのが、ショートって言うけど全然短くなくない?ってこと。ショートヘアって前髪系だよね。


今日は2人め、ショートヘアのナツくんの話だ。ナツくんはヘアモデルをやっていて、ジャパンタウンの美容院でも彼の写真をすぐ見つけることができた。と言うか、要するに日本で普通に売ってるヘアスタイルの見本雑誌の表紙を飾っている超絶可愛い子ということである。この子、僕の友達でサンフランシスコに住んでるんですよって、美容院で自慢してみたりした。例によって僕が彼とどういうきっかけで出会ったのかはっきり覚えてないけど(きっとどうしようもない話だ)、ナツくんはいつも明るく元気で、みんなの人気者であったことは間違いない。日本からナツくんにベタぼれな年上の子を連れてきて、前回も紹介したカストロの Badlands で横に「はべらしていた」のを見たこともある。その子はナツくんにメロメロになっていた。(そして後でナツくんはその年上の子に対してtopになったと聞いた)。でも、ナツくんには全然嫌味なところは感じられない。


僕は一度だけナツくんの部屋に泊まったことがある。彼がこれまで同棲していた部屋からシングルになって引っ越しをするということで、IKEAで家具とか買って新しい部屋に届けて、それを組み立てるのを手伝ったんだ。IKEAの家具って簡単そうに見えて組み立てるのは大変なんだよね。これが楽々できるのは相当マスキュリン(男性的)だ。やっと組み立て終わって、夜遅くなったので(その日はクラブには行かなかったはずだ)、泊まってよってことで僕はナツ君の部屋に泊まった。ナツ君は僕にパジャマを貸してくれた。


ここには書けないけれど、ナツくんには親しい友人として、後日仕事上で大変お世話になったことがある。僕はとても感謝している。


お互いサンフランシスコを離れてからは、僕たちが会う機会はずっとなかった。でも、その後、僕は一度だけナツくんに偶然出会うことになる。それも僕たちにはなんの共通の接点もないはずのLAのコリアンタウンで。僕は旅行中だった。こんなことが小説で起こったらありえないと醒めて本を投げ出すと思う。でも、そんな必然性のないことが起こるのが人生だ。僕にはこの世界の本当の大きさがわからない。


LA(ロサンゼルスのことだ)とサンフランシスコは東京・大阪くらい離れている。LAには世界最大のコリアンタウンがあり、10万人以上の韓国人が住んでいる。そこには韓国本土同様に、チムジルバンと呼ばれるサウナがいくつもある。雰囲気的には日本のスーパー銭湯を想像してもらえればいいと思う。ただし、ファミリーが集まる完全に健全なものから怪しめの雰囲気のものもある。まあ、同じことは日本のスーパー銭湯や韓国本土のチムジルバンでも同様だから別段おかしくはない。なんで、こんな話を僕がしているかと言うと、そこでナツくんと再開したのだ。


僕がナツくんと再会したのはコリアンタウンにあるファミリー向けの健全なチムジルバンだった。もちろん男女別浴のゾーンもあるけど、僕たちがばったり会ったのは男女が着衣で入れる混浴サウナのゾーンだ。彼はLAで休暇中で、ゆるい体型の男の子の友達と一緒だった。もっと可愛い子と来たらいいのにと思わずつぶやいてしまったことは申し訳ない。きっと本当に普通の友達だったのだろう。そういうわけで、僕はナツくんのきれいな体を見ることに成功したのだ。働いているナツくんの髪は幾分短くなっていた。でも、今になって思うのは、もっと怪しげなサウナで会うことになってたらどうなっていたのだろう?って。ナツ君は僕にもtopになったのかな?なんてふと考える。

ハル

僕がサンフランシスコに住んでいた頃の話をしたい。あの頃、僕は何もかもが初めてだった。ひとり暮らしもクラブ遊びも何もかも。大体、男の人と寝たのだって片手で数えられるほどだった。そんなときサンフランシスコで出会った4人の男の子の話をしよう。1人めは亜麻色のサラサラの髪の毛を持つハルくんだ。

 

その前に、サンフランシスコのことを少し。霧の街、サンフランシスコはゲイの永住の地と知られている街で、その中心がカストロと呼ばれる地域だ。カストロは日本でいえば新宿二丁目が一番近いと思うけど、なんていうかすごく優しくてすごくゆるいし、二丁目と違って夜の街という雰囲気ではない。それに比べたら、ニューヨークのチェルシーやLAのウェスト・ハリウッドの方がもっともっと刺激的だ。僕がクラブ遊びを覚えた Badlands だって何もしらない僕が Lady GaGa のポーカーフェイスにあわせて適当に踊っても全然OKみたいな感じだ。ここはチャージもドリンクも驚くくらい安い。ハルくんと一緒にいて知らないおじさんに可愛いねとドリンクをおごってもらったこともある。


ハルくんの話だ。ハルくんは亜麻色のサラサラの髪の毛でいつもスキニーデニムだった。どういうきっかけで出会ったのかはっきり覚えてないけど(きっとどうしようもない話だ)、コミュニティカレッジに通っているハルくんが一人暮らしの部屋を探すためにと不動産屋に行くのに同伴した記憶がある。部屋を借りるのに定期的な収入があることを証明する必要があるが、ハルくんは親から月5000ドルの仕送りがあって…ということを(ついさっき初めて会った)僕が彼氏として不動産屋を説得するという話だ。お前が一緒に住むのか?いや、そういうわけでは…。こんなのがうまくいくはずもなく、もういいよ、カストロに踊りに行こうってなり、夜のベイブリッジを渡ってサンフランシスコ市内(=シティ)へと。ハルくんの住んでいたのはイーストベイで、シティへはベイブリッジを渡ることになる。僕はベイブリッジを車で渡って市内に入るのが大好きで、そのたびに高揚感を覚えた。ベイブリッジから徐々に大きくなって見えるファイナンシャル・ディストリクトのビルたち。真っ白に霧がかかっているときはなおさらだ。まあ、上陸してしまえば、東京やニューヨークに比べるとしけた街なんだけど。


僕はハルくんのことが好きだったけど、ハルくんにはレオンというアメリカ人の恋人がいたはずだ。そのときは、頑張れば叶うかもと思っていたし、白人しか好きになれないアジア人とかその逆がいるとか「世界の絶対的な仕組み」を理解していなかった。でも、「世界の仕組み」をしってたとしても、きっとハルくんのことを好きになったと思う。その頃は、人を好きになること自体に快感を覚えていた。それまでずっと、男の人を好きになっちゃ駄目って思っていたから。


ある日、ハルくんはすごく落ち込んでいた。恋人のレオンに浮気をされたということらしい。浮気の詳しい話は省略するけど、ハルくんはできるだけレオンのことを考えないようになりたいのだ。僕にできることは、ハルくんを夜のカストロに連れて行ってクラブで飲んで踊り明かすのを手伝うくらいだ。その日会ったのが23時過ぎで、ベイブリッジを渡り、飲んで踊って夜は更けていく。光と音の中で僕はだんだん恍惚としていった。ハルくんを抱きしめたい、キスしたいと急に衝動が強くなった。僕はもう全身が興奮してて、ハルくんの顔とスキニーデニムを交互に眺めて自分の都合のいいように妄想して、音楽が最高潮になり、きっと今ならキスできる、もう我慢できないと思った瞬間。僕の視界が真っ白になる。音が消え、え、何が起こったの?と周りを見て、26時になったことに気づく。閉店時間なんだ。真っ白な天井を見上げる。僕のありったけの欲望はそこに消えていった。あとほんの一瞬僕の決断が早かったらキスできただろう。でもそれはもう遅すぎる。

 

クラブの外は真夏なのにジャケットを着ないと耐えられないほど寒かった。そう、サンフランシスコの夏は寒い。寒いって震えるハルくんに僕はジャケットを被せてあげる。

 

喉もカラカラで踊り疲れてヘトヘトで、ハルくんを家まで車でエスコートしたのは27時だった。玄関先で僕たちはハグをした。どうしてこんなに優しくしてくれるんですか?ハルくんが好きだからに決まってるじゃん。でも応えられなくてごめんなさい、と。

 

帰宅した28時の僕はもうグチャグチャだった。